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東京高等裁判所 平成6年(ネ)4884号 判決

東京都武蔵村山市伊奈平二丁目五一番地の一

控訴人

株式会社 新川

右代表者代表取締役

藤山健二

右訴訟代理人弁護士

中村護

林千春

中村智廣

三原研自

右輔佐人

小泉雅裕

東京都羽村市栄町三丁目一番地の五

被控訴人

株式会社カイジョー

右代表者代表取締役

那須嘉仙

右訴訟代理人弁護士

八幡義博

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人の当審における追加的請求を棄却する。

当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた判決

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、金二二六〇万円及びこれに対する平成元年六月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  原判決の引用

次に訂正、付加するほかは、原判決事実摘示「第二 当事者の主張」記載のとおりであるから、これを引用する。

二  控訴人の当審における主張

1  「ワイヤ切れの判別」の意味について

控訴人は、原審においては、本件発明の構成要件Bの「ワイヤ切れ」とは、ボンディング動作中に、何らかの原因で工具(キャピラリ)の先端からワイヤがなくなることであり、「ワイヤ切れの判別を行う」とは、少なくとも工具の先端からワイヤが出ていない場合を判別する意味であって、電流とボールの出来工合の関係の判別は、本件発明の目的であるワイヤ切れの判別に必須の事項ではない、と主張した。

しかし、控訴人は、本件明細書を精査した結果、右主張は錯誤による誤った主張であることが判明したので、控訴審において以下のとおり訂正する。

本件明細書の発明の詳細な説明の欄の「ボールの出来工合も判別できるワイヤ切れ検出方法」という記載からすれば、本件発明は、ワイヤがスプールに巻き戻されたり、工具の先端からワイヤが出ていないためにボールができない場合ばかりでなく、工具の先端からワイヤは出ているがそれが短かったり、長かったりして、ボールが小さすぎたり、大きすぎたりするというボールの出来工合をも判別することができるワイヤ切れ検出方法を対象とするものである。すなわち、本件発明の「ワイヤ切れ」とは、ボンディング後、正常な作動として予定されたようにワイヤが切断されていない状態をいうものであり、ワイヤがスプールに巻き戻されたり、工具の中程でワイヤが切断されたりする場合の他、正常な場合の一定の長さでないワイヤが工具の下に出ている場合(正常な長さよりも短い場合及び長い場合の両方を含む。)をいうものと認定されるべきである。

したがって、特許請求の範囲の「ワイヤ切れ」には、ワイヤ切れの判別を行った結果、同時にボールの出来工合をも判別することができるというワイヤ切れの態様(ワイヤの切断が正常に行われず、正常な場合の一定の長さでないワイヤが工具の下に出ている態様)をも包含していると解すべきである。

2  「電流を検出し」の意味について

本件発明の「電流を検出し」の「検出」は計測技術分野の専門用語で「測定量を信号として取り出すこと」を意味する。

本件発明の「電流を検出し」は、発明の詳細な説明の中の実施例として「電流を測定して電流のバラツキや電流の差を見る」ことに対応するものである。したがって、本件発明の構成要件Bの「電流を検出し」とは、電流の状態(電流の強さや電流の導通、非導通状態等)を信号として取り出す、言い換えれば、ワイヤに流れる電流そのものに応じた信号あるいはその電流が物理的変換(物理量の種類や性質の変換等)を受けた信号を取り出すことをいうものと認められるべきであり、一義的に「電流の強さ」を指すものではない。

3  被控訴人回路、(一)の採用する判別方法について

被控訴人回路、(一)は、放電時にワイヤに流れる電流を検出する電流検出部(定電圧ダイオード28他)を備え、放電中の電流の強さが一定以上あるものを信号として取り出しており、電流の状態を取り出しているから、「電流を検出し」に該当する。

すなわち、定電圧ダイオード28に放電電流が流れるとその両端に五ボルトの電圧が生ずるが、電流の強さが小さいときは定電圧ダイオード28の両端電圧は、電流の強さに応じて〇~五ボルトの電圧を示す。このように、定電圧ダイオード28の両端の電位差は、放電時にワイヤに流れる電流が物理的変換を受けたものであるから、「電流を検出し」に該当する。

仮に、放電した際に、定電圧ダイオードの両端に現れる一定電圧の有無のみを検出しているとしても、電圧は電流が流れるからこそ検出できるのであり、電流を検出していることに変わりはない。

また、トランジスタ31のコレクタ、エミッタ間の導通状態の継続時間の長短に着目してワイヤ切れを判別しているとしても、「継続時間」とは、所詮導通状態(電流が流れている状態)か非導通状態(電流が流れていない状態)かを判断している中での、いわば場合分けにすぎず、電流をみていることに変わりはない。

4  被控訴人回路(二)の採用する判別方法について

被控訴人回路(二)は、放電時にワイヤに流れる電流を検出する電流検出部(抵抗92、・・・抵抗51、52他)を備え、最終的に抵抗52の両端電圧として「電流を検出して制御された電圧」を取り出しているから、「電流を検出し」に該当する。

定電流電源回路の動作からみて、少なくとも異常な放電時、例えばワイヤが切れて無くなるような場合や、ワイヤ先端と電気トーチの間がショートしたような場合には、「ワイヤに流れる電流」は変化し、「線46-線42間の電圧」は「ワイヤに流れる電流」によって変化するから、線46-線42間の電圧は、ワイヤに流れる電流を物理的に変換したものである。

そして、線46-線42間の電圧は、トランジスタ90のインピーダンスを制御しなければ変化するであろう放電電流の量的変化に対応して変化するものであり、放電電流が一定に制御される場合でも、ワイヤに流れる電流を物理的に変換したものとみることができるから、「電流を検出し」に該当する。

5  損害の追加的請求(拡張)について

控訴人は、原審において、昭和六二年一〇月末日以降の特許権侵害行為に対しての損害賠償請求をしているが、被控訴人は、昭和六一年三月から被控訴人回路、(一)を用いた被控訴人装置(以下「被控訴人装置(一)」という。)を製造・販売しており、かつ、昭和六二年九月から被控訴人回路(二)を用いた被控訴人装置(以下「被控訴人装置(二)」という。)を製造・販売していることが判明した。

よって、控訴人は、被控訴人に対し、訴訟提起のあった平成元年六月五日から遡って三年前以降の被控訴人装置(一)及び(二)の製造・販売による本件特許権侵害による損害の賠償を請求するものである。

そうすると、被控訴人装置(一)については、昭和六一年六月六日以降の製品についての請求となり、被控訴人装置(二)については、その製造・販売を開始した昭和六二年九月以降の製品についての請求となる。そして、右期間内における被控訴人装置(一)の製造・販売総数は合計二九六台であり、被控訴人装置(二)の製造・販売総数は合計二六九台であり、合計五六五台となる。

したがって、被控訴人が受けた利益の額は次のとおりとなる。

五六五台×八〇〇万円×〇・五パーセント=二二六〇万円

よって、控訴人は、被控訴人に対し、追加的請求として、控訴人が受けた損害額金二二六〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成元年六月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  被控訴人の当審における主張

1  「ワイヤ切れの判別」に関する控訴人の当審での主張は、原審でした「特許請求の範囲に記載された発明には、ボールの出来工合を判別することは含まない」という主張に違背するものである。また、本件発明に関する特許庁における経緯及び本件訴訟の経過からみて、原審における控訴人の主張が錯誤によるものとは到底認められない。

2  「電流を測定」とは電流値を測定することを意味し、「電流のバラツキ」や「電流の差」はそれぞれ「電流値のバラツキ」や「電流値の差」のことであり、「電流を測定する」とは電流の強さを測定することに他ならない。

3  被控訴人回路、(一)は、放電継続時間を検出し、それが予め定めた適正範囲(t1~t2)内にあるか否かによってワイヤ切れの有無を判別しているものである。「電流の導通状態の長短」における測定対象は時間であり、電流ではない。

右放電時間の検出は、放電時に定電圧ダイオード28の両端に現れる五ボルトの電圧の継続時間を検出することによって行っている。

定電圧ダイオード両端の五ボルトの電位差は、電気トーチの放電時にワイヤに流れる電流が物理的変換を受けて電圧として取り出されたものということはできない。放電時の電流が変化しても、定電圧ダイオードの両端電圧は変化しない。

これを本件発明と対比すれば、本件発明は、放電時ワイヤに流れる放電電流を検出し、その電流値を測定しバラツキをみることによってワイヤ切れの有無を判別しているのに対し、被控訴人回路、(一)は、放電継続時間の長短をみることによってワイヤ切れの有無を判別しており、放電継続時間検出手段としては、定電圧ダイオード28の両端に現れる五ボルト一定電圧の継続時間を検出することによって行っている。

このように、ワイヤ切れ判別のための判断対象も、検出対象も全く異なり技術思想の異なるものである。

4  被控訴人回路(二)は、形成されるボールの均一性を確保するため、一回の放電中の電流が一定になるように、また放電回数を通じて電流が一定になるようにするために定電流電源を用いている。

したがって、ワイヤ切れが起きてワイヤ先端と電気トーチとの間の距離がワイヤ切れのないときの距離よりも短くなっても、長くなっても放電電流は変化しない。したがって、放電時ワイヤに流れる電流を検出して測定しても、ワイヤ切れの有無を判別できない。

線46と線42との間の電圧(抵抗51、52の両端電圧)は、放電時にワイヤに流れる電流を検出したものではなく、ワイヤと電気トーチとの間のインピーダンスにより決まるものである。また、抵抗92はワイヤ切れやボールの出来工合を判別するためのものではなく、定電流制御のためのものである。

なお、控訴人は、「異常な放電」という用語を用いて、「電流を検出し」の要件にあたるかのように主張するが、これは放電していないときの電流を放電時の電流であるかのようにすり替えた議論であり、失当である。

結局、被控訴人回路(二)は、ワイヤ切れを判別するために放電時ワイヤに流れる電流の検出をするということは全くしていないのであるから、本件発明の技術的範囲に属さないことは明らかである。

第三  証拠

原審及び当審における書証目録の記載を引用する。

理由

一  原判決の引用

当裁判所も、控訴人の本訴請求(追加的請求を含む。)は理由がないものと判断する。

その理由は、次に付加するほかは、原判決の理由と同一であるから、その記載を引用する。

二  当審における控訴人の主張について

1  「ワイヤ切れの判別」の意味について

控訴人は、原審においては、本件発明の構成要件Bの「ワイヤ切れ」とは、ボンディング動作中に、何らかの原因で工具(キャピラリ)の先端からワイヤがなくなることであり、「ワイヤ切れの判別を行う」とは、少なくとも工具の先端からワイヤが出ていない場合を判別する意味であって、電流とボールの出来工合の関係の判別は、本件発明の目的であるワイヤ切れの判別に必須の事項ではないと主張しながら、他方、当審においては、本件明細書を精査した結果、「ワイヤ切れ」とは、ボンディング後、正常な作動として予定されたようにワイヤが切断されていない状態をいうものであり、ワイヤがスプールに巻き戻されたり、工具の中程でワイヤが切断されたりする場合の他、正常な場合の一定の長さでないワイヤが工具の下に出ている状態(正常な長さよりも短い場合及び長い場合を含む。)をいうものであることが判明したとして、右のように主張を訂正し、原審における主張は錯誤に基づくものであると主張している。

しかしながら、本件発明は、昭和五一年三月五日出願、同五六年一一月三〇日設定登録にかかるものであり、また、本件侵害訴訟も平成元年から係属しているものであるところ、控訴審に至って、本件明細書を精査した結果、原審における従来の主張が錯誤であったことに気づいたという主張自体、極めて不自然であるうえ、前記のとおり、原審の認定・判断は正当であるから、控訴人の主張は到底採用することはできない。

ちなみに、成立に争いのない甲第二〇号証によれば、本件発明については、被控訴人から控訴人に対してされた無効審判の請求につき、不成立の審決がされ(平成二年審判第九九三二号、平成三年四月一〇日審決)、その取消訴訟でも審決を維持する請求棄却の判決がされた(東京高等裁判所平成三年(行ケ)第一四〇号、平成五年三月二五日判決)こと、同事件において、被控訴人が、「ワイヤ切れとボールの出来工合は表裏一体の関係にあり、その前提をなす放電電流とボールの出来工合の関係は本件発明における重要事項である。しかるに、本件明細書には、その点について具体的記載がなく、当業者が容易に本件発明を実施できないから、特許法三六条四項に違反する」と主張したのに対し、右審決及び判決は、「電流とボールの出来工合の関係については、本件発明の目的であるワイヤ切れの判別に必ずしも必須の事項ではない。したがって、これらについて具体的記載がないことにより、当業者が容易に実施できないということはできない。」として、三六条四項違反の主張を排斥していることが認められる。

すなわち、本件発明において「ワイヤ切れの判別」に「ボールの出来工合の判別」を含ませるのであれば、特許請求の範囲の「電気トーチの放電時にワイヤに流れる電流を検出してワイヤ切れの判別を行う」という構成だけでは、未だ具体的に実施可能な程度に構成が示されているとはいえず、無効であるとの被控訴人の主張に対し、「電流とボールの出来工合の関係については、本件発明の目的であるワイヤ切れの判別に必ずしも必須の事項ではない」と判断されて、本件発明の特許性が肯定されているのである。

したがって、右審決及び判決において、本件発明は、「ワイヤ切れの判別」に「ボールの出来工合の判別」をする具体的な技術までを関わらせないことによって有効とされ、かつ、控訴人は、本件侵害訴訟の原審においてもそのように主張していたものである。しかるに、当審に至るや、原審が控訴人の主張を採用しながら請求を棄却したことを不服として、その主張を自ら覆して原審を非難するのは、禁反言ともいえる行為である。本件発明の技術的範囲についても、このことを踏まえて限定的に解釈するのが相当であり、その意味で、発明の詳細な説明の「ワイヤ切れ及びボールの出来工合を判別することができる」等の記載から、「ワイヤ切れの判別」と「ボールの出来工合の判別」とは別のことであるとしたうえ、控訴人の原審における主張を採用した原審の判断は正当である。

2  「電流を検出し」の意味について

控訴人は、「電流を検出し」とは、電流の状態(電流の強さや電流の導通、非導通状態等)を信号として取り出す、言い換えれば、ワイヤに流れる電流そのものに応じた信号あるいはその電流が物理的変換(物理量の種類や性質の変換等)を受けた信号を取り出すことをいうものであり、被控訴人回路、(一)において、放電した際に、定電圧ダイオードの両端に現れる一定電圧の有無のみを検出しているとしても、電圧は電流が流れるからこそ検出できるのであり、電流を検出していることに変わりはなく、また、被控訴人回路、(一)において、トランジスタ31のコレクタ、エミッタ間の導通状態の継続時間の長短に着目してワイヤ切れを判別しているとしても、「継続時間」とは、所詮導通状態(電流が流れている状態)か非導通状態(電流が流れていない状態)かを判断している中での、いわば場合分けに過ぎず、電流を見ていることには変わりはなく、さらに、被控訴人回路(二)は、放電時にワイヤに流れる電流による電圧降下を利用して電流を検出しているのであり、これも「電流の検出」に当たる、と主張する。

しかし、前示のとおり(原審認定のとおり)、本件発明の構成要件Bの「電流を検出し」とは、電流ゼロを含む電流の強さを測定するために、ワイヤに流れる電流そのものに応じた信号あるいは電流が物理量の種類の変換や物理量の性質の変換等物理的変換を受けた信号を取り出すことをいう、と解するのが相当である。他に、本件明細書中に、本件発明における「電流を検出し」には電流の継続時間を検出することを含むことを示す明示の記載も示唆もない。

仮に、控訴人主張のように解するものとすれば、本件発明の技術的範囲は、本件明細書及び図面に記載されていない発明を含む広汎なものとなりかねず、そもそも、前示のとおり、「電流」の語が「電気の流れ。電荷の流れ。」を意味し、「検出」の語が計測技術の分野の専門用語として「測定量を信号として取り出すこと。」(JIS Z一〇三)を意味することに鑑みれば、特許庁においても、これを前提として、本件発明の「放電時にワイヤに流れる電流を検出して」の要件を審査したものと認められ、控訴人主張のような広範な技術的範囲を許容するものとして本件発明の特許性の審査をしたものとは認められないから、控訴人の主張は採用することはできない。

したがって、被控訴人回路、(一)の採用する判別方法は、ワイヤに流れる電流の有無や強さを測定しているものではなく、ワイヤに流れる電流の導通時間を測定するための信号を取り出しているから、「電流を検出し」に該当しない点でも、また、「ワイヤ切れの判別」に該当しない点でも、本件発明の構成要件Bを充足しない、とした原審の判断は正当である。

また、被控訴人回路(二)においては、前示のとおり(原審認定のとおり)、ワイヤ切れ及びワイヤと電気トーチの間の距離の判別に使用されているのは抵抗51と抵抗52の直列回路の両端間の電圧を分圧したもので、抵抗51と抵抗52の直列回路の両端間の電圧は、放電時にワイヤに流れる電流を検出したものではなく、ワイヤと電気トーチとの間のインピーダンスを検出しているものとみるべきであり、このことは、控訴人主張の異常な放電時においても同様であると認められる。

したがって、被控訴人回路(二)の採用する判別方法は、「電気トーチの放電時にワイヤに流れる電流を検出」するものとは認められない点でも、また、「ワイヤ切れの判別」に該当しない点でも、本件発明の構成要件Bを充足しない、とした原審の判断は正当である。

よって、控訴人の主張は理由がない。

三  結論

以上によれば、控訴人の請求は理由がなく、これを棄却した原判決は正当であり、また、控訴人の当審における追加的請求も理由がないから、本件控訴及び右追加的請求を棄却することとし、当審における訴訟費用につき、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 芝田俊文 裁判官 清水節)

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